アルバム『Sentimentalizer』レビュー

Note

タイトルに込められた想いについて考える

 例えばここに、2つのキャンバスがあったとする。片方は白一色、もう片方は黒一色の下地が貼り付けてあるとしよう。

 この2つのキャンバスに同じ青いインクを敷き詰める。

 青いインクを塗った後に見た人は、どちらも、同じ青い絵として捉えるだろう。

 しかし、もしその下地が白と知っていたらどうだろうか。その青色は少なからず明るさを持って捉えられるかもしれない。下地が黒いと知っていればその青色は暗澹とした印象で捉えられるかもしれない。

 『Sentimentalizer』というアルバムのキャンバスは何色なのだろうか?

 アルバム『Sentimentalizer』はChiquewaにとって2年ぶりのアルバムとなる。このアルバムが完成するまでの間に、Chiquewaにとっては2つの大きな出来事があった。

 一つは、病気との闘いだ。これは、幸いな事に完全に回復して今まで通りの生活を取り戻している(少なくとも筆者はそう聞き及んでいる)。しかし、快復後に対面する機会があったのだが、やはり治療の過程でいくぶんか脂肪を落としており、その姿を見たときはなんとも言い難い物悲しさに襲われた。そこから推測しても、病気との闘いが少なからず過酷であった事は想像に難くなかった。そして、近しい人も同時期に大病に襲われたという。つまり、生死について深く思いを巡らせた時期であったはずなのである。

 もう一つ、こちらはとても喜ばしい出来事だが、めでたくパートナーと結婚し、生活を共にするようになった。

 もう5年以上前になるが、初めてChiquewaと宴会の席で対面する機会があった。その時にChiquewaの隣に座っていた人物が、後に結婚相手となるその人だったのだ。膝の上に落ちた米粒を甲斐甲斐しく拾い上げている姿を見て、筆者はその時は詳しい関係性を知らなかったので、只ならぬ仲に違いないと勝手に結論づけていたが、それは勘違いでは無かったようである。

 そういった2つの大きな経験を経たのであれば、作者はこの作品に何かを投影させたはずである。

 前もって言うが、詩人とは多分に嘘つきである。

 詩を書く上で真実や体験が含まれている必要は無く、義務も無い。想像の翼は自由に空想を羽ばたき、見た事も無い景色を生み出す事もあり得る。

 その詩が美しく(あるいは醜くとも)、聴き手の心に届き、その扉を開け、普段空気にも触れていないような敏感な部分を撫でて、激しく魂を揺さぶる事が出来さえすれば良いのだ。

 しかし、これだけの大事の後で、何も経験が反映されていないのだろうか?

 ここからは全くの筆者の推測だ。

 Sentimentalizerの物語は、Chiquewaからパートナーへ向けたラブレターなのではないだろうか。

 Sentimentalizerの詩を一つの言葉に集約するならば、それは「愛」だろう。主人公の愛する者への思いで溢れている。

 ディティールは異なるかもしれない。

 しかし、生と死を見つめ、パートナーと共に歩む未来を決断したからこそ、Chiquewaの内側から込み上げる物があったはずだ。

 だとすれば、この作品に佇んでいる「愛」はきっと、かつてはパートナーに向けられて、そして今このアルバムの中に息づいている。

 

 そう思いながらこのアルバムに向き合えば、さらに深く作品を楽しむ事が出来る気がしないだろうか?

 

 ラストトラック「#09. 大和川」でこのアルバムはエンディングを迎える。

 タイトルの”大和川”とは、Chiquewaの生活圏である大阪の東西に横たわる川だ。

 かつて、Chiquewaとそのパートナーは、この川を挟んで別の街にそれぞれ住み、週末に顔を合わせる生活を送っていたという。(織り姫と彦星のように!)

急行列車 休みの午後

もう何日も会ってないね

流れる車窓は色を変え

いつまでも慣れない街並みを睨む

 Chiquewaはこの曲を「とても大切な曲」と語っていた。それは間違いなく、二人の日々がこの曲に描かれているという意味だろう。

あなたと一緒ならどこでも 幸せになれるはずだから

ありがとう そして よろしくね

大きな川が私を包んだ

 病を乗り越え、パートナーと手を取り合い、”Sentimentalizer”としての過去を作品に織り込んだ、Chiquewaの最新アルバム。

 このドラマチックな作品を、一人でも多くのリスナーに、作品の奥底まで見つめてもらえるよう、願わずにはいられない。それだけの魅力がこのアルバムの中には秘められているからだ。

 

『Sentimentalizer』

Sentimentalizer

アーティスト

  • Chiquewa
  • ちぃ(イラスト)

レーベル

  • KarenT

収録曲

  1. 消えゆく想い (feat. 巡音ルカ)
  2. Sweetdays (feat. 初音ミク)
  3. 私じゃない (feat. 巡音ルカ)
  4. 光彩 (feat. 巡音ルカ)
  5. アイノチカラ – LOVE is STRONG – (feat. 巡音ルカ)
  6. Far Away (feat. 巡音ルカ)
  7. きみのために (feat. 巡音ルカ)
  8. Still Of The Night (feat. 巡音ルカ)
  9. 大和川 (feat. 巡音ルカ)

特設サイト

KARENT

Youtube

コメント

  1. こんにちは!

    活動を始めて今年で十年経ちますが、こんなに詳細で熱いレビューを書いていただいたのは初めてです!(もちろん今までも素晴らしいレビューを書いてくれた方はいらっしゃいますが)
    活動の節目になる作品なので個人的にも気合いが入ってましたし、こうして真剣に聴いて頂けて本当に嬉しく思います。

    今後とも末永くお付き合いくださいませー!
    (kenさんの作品も楽しみにお待ちしておりますよ♫)

    • コメントありがとうございます!
      これからも素晴らしい作品楽しみにしています。

  2. […]  以前このサイトでも紹介したアルバム『Sentimentalizer』から一年、ファン待望の新作は期待を裏切らず、Chiquewa本人が「音に関してはもうこれ以上改善できないくらいまで追い込んだ」と言うほどの完璧でかつ豪華な出来映えになっている。 […]

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