新しい相棒と戦略的高揚感

新品のオーボエを買いました。
黒いグラナディラ材の胴体に、複雑に入り組んで銀色にキラキラ光るキーが眩しい、私の新しい相棒です。
おフランス生まれのその子は、Rigoutat Premier RIEC JDR（リグータ　リーク JDR仕様）という機種です。
新宿にある日本ダブルリードというオーボエの専門店で、何時間も試奏を重ねた上での購入になりました。個体の選定にあたっては、お店のスタッフさんのアドバイスや、レッスンでお世話になっているオーボエ奏者の先生の助けをいただきました。素人のオーボエ選定は難しく、プロフェッショナルの助けは絶対に必要でした。大変有り難かったです。

試奏では他に、YAMAHA YOB-431JDR、ロレーCABART、Fossati　FJ77Ⅱ、Marigaux 701、Howarth S50Cを出してもらいました。
オーボエに詳しくない人には何がどう良いのかはさっぱり解らないところでしょう。私も最初は分かりませんでしたし、試奏しても完全に違いを把握する事はできませんでした。
これらの機種はおおよそ同じくらいの価格帯の、中級者向けの機種です。キーは音を出すのに不足ない装備が整っていて、音色の違いはメーカーによってそれぞれ個性が違いますがどれも綺麗に響きます。
数時間かけて音を聴き比べて出た私なりの結論は「良し悪しは値段なりに変わる」でした。深く美しい音色はやはり価格が高い物の方が出るのです。これは素人でも感じ取れるくらいの差でした。
そんな法則があるのなら、高いものを買えば良い買い物ができる訳ですが、もちろん予算はいくらでも出せるほど裕福ではないので、限られた範囲の中での選択になります。また、良い音の中にも演奏の目的によって選択が変わり、遠くまで飛ぶような音があれば、小ホールで美しく響く音もあるのです。そんな目的の違いを私は分からなかったので、そこは先生にアドバイスをいただいた上での選択となったので、良い買い物ができました。

高い買い物でした。何日も頑張って働いて手に入れた報酬をオーボエと交換したのです。それはやはり、人生の中でもちょっとしたスリリングな経験となります。
昔も思い切った買い物をした事がありました。買い物をする何ヶ月も前からドキドキして、たくさん情報を仕入れて、いくつもお店を回って、試して、そして手に入れた時の興奮は、まるで恋愛をしているような高鳴りがありました。そんな事を思い出して、あれらは一種の恋心に近い心境だったのだろうなと気づきました。あえて悪く言い換えれば、ちょっとした病気だったのでしょう。
このような高価な買い物の経験は、繰り返すたびにドキドキが失われていく感じがしています。今回の買い物は、実は、あまりドキドキを感じなくて、若干不安になりました。
この原因の一つは、慣れ、なのでしょう。今までの経験が興奮を抑制するように作用しています。あるいは歳を重ねて、感性が鈍ってきているのかもしれませんが、それは経験がもたらす作用と同じような仕組み、と理解するに留めておきます。
また、今回の買い物は、1年くらい前からずっと計画を立てて実行した事なので、理性が強く働いているのかもしれません。

旅は計画をしている段階が1番楽しい、なんていう言葉を思い出しました。誰が言い出したか知りませんが、とても的を得ていると思います。何が起きるか分からない時に、こうなったらいいなと期待する気持ちです。
大人と子供の違いとは何でしょう。私は、子供とは可能性が限定されない状態、大人とは可能性の限定された状態だと理解しています。
どんな事でも楽しみに変えて成長して行ける子供は、未来に何が起きるか分からないけど、こうなりたい、こうしたいという期待に溢れています。
大人は、経験や知識を持って、最適な未来を設計します。設計された未来は、到来して当たりなので、興奮は生まれませんよね。
ひょっとしたら私は、オーボエに関しては、大人のように最適な未来を設計しているのかもしれませんね。
新しい相棒を得て、私は何をしたいのか。
私は演奏者になりたいのです。
演奏者になれた先で何が起きるかまでは計画していませんが、そんな無計画な未来で、恋愛をするようなワクワクドキドキに出会えたら素敵ですね。