『Sentimentalizer』の詩の世界
『Sentimentalizer』のメインボーカリストは、巡音ルカ(※2)である。一部楽曲では初音ミク(※3)がボーカルを務めているが、アルバム全体のイメージとしては「20~30代の女性」の心の内を歌った物語と言って差し支えないだろう。歌詞を見てもそれは明らかである。
「#01.消えゆく想い」は、昔のパートナーの事を思い出す主人公の話だ。
遠ざかったパートナーへの思いを突き放す強い決意を抱いた人物を描いている。その思い出には恐らく感謝の気持ちが芽吹いて居るのであろう。だが、その感謝の気持ちは自分の心を癒やすために生まれた物と捉える事が出来る。そういった心の機微が上手く表現された秀作である。
「#02.Sweetdays」では打って変わり、”弱いところも、強がるとこも、全部全部好きなの”などと惚気をかましている主人公。”どうして素直になれないの?”とぶつける言葉は自分自身に向かっていて、前曲とは対照的な趣だ。#02のみボーカリストが初音ミクに変わっており、年齢の設定も少し低くなっていて、ティーンエイジャーの恋の歌と取る事ができるだろう。
「#03.私じゃない」の主人公はパートナーとの依存関係に悩んでいる。ボーカリストが巡音ルカに戻った事で、作者は巡音ルカに対して精神的に病んだイメージを付けようとしている事に気づけるかもしれない。
この3曲だけ見ても、様々な女性の複雑な心情を生々しく表現しているが、重要なのは、これらを絶妙なリズムで、かつ、情景が容易に掴み取れるような豊かな楽曲に乗せて居るという事なのだ。
これは歌曲にとって重要な事だが、詩を乗せるための音楽はまた詩以上に情景を表している必要がある。優れた役者にはそれに相応しい舞台装置を用意するべきだろう。そこはさすが玄人の腕前が光っていると言わざるを得ず、創作を志す筆者にとってもただ舌を巻く以外に無かった。
さて、3曲を聞き終えて、悩みに沈んだ主人公は「#4.光彩」でもまだ闇の中だ。しかしタイトルが示すとおり、ここに光明が差す。大切な物の気配を感じ、悩みからの解放が示唆される。
「#5.アイノチカラ – LOVE is STRONG -」で、大切な物事の意味が提示される。主人公に同調したリスナーはここに至りようやく全ての悩みが吹き飛ばされ、開き直り、暗闇のベールは軽やかに吹き飛ばされる。楽曲も同調するように、陽気なトランペットの響きによって生命力を取り戻し、心が笑いで溢れかえることだろう。
そして、「#6.Faraway」だ。
筆者はこのアルバムを、この通りの曲の順番で聴いて、#6にたどり着いて欲しいと願わずにいられない。この圧倒的なカタルシス。間違いなく巧妙な設計を元に構成されていて、全ての楽曲が終わった後で再び脳裏に浮かび上がってくる。
Far Away 遠ざかる姿追いかけて
Far Away もう届かない声が響く
君が溢れてる この身体の全てから
愛は止まらない
たとえ空が燃え尽きても
高らかに歌い上げるギターに相まって、この力強い詩が私たちの心にしっかりと焼き付けられるのだ。
美しい高みにまで引き上げられた気持ちは「#7.きみのために」で優しくつつまれ、「#8.Still Of The Night」で音楽物語の終幕へ向かう。
※2※3 巡音ルカ、初音ミクはボーカロイド(ボーカルシンセサイザーのような物)である。本文では詳細については触れない。
コメント
こんにちは!
活動を始めて今年で十年経ちますが、こんなに詳細で熱いレビューを書いていただいたのは初めてです!(もちろん今までも素晴らしいレビューを書いてくれた方はいらっしゃいますが)
活動の節目になる作品なので個人的にも気合いが入ってましたし、こうして真剣に聴いて頂けて本当に嬉しく思います。
今後とも末永くお付き合いくださいませー!
(kenさんの作品も楽しみにお待ちしておりますよ♫)
コメントありがとうございます!
これからも素晴らしい作品楽しみにしています。
[…] 以前このサイトでも紹介したアルバム『Sentimentalizer』から一年、ファン待望の新作は期待を裏切らず、Chiquewa本人が「音に関してはもうこれ以上改善できないくらいまで追い込んだ」と言うほどの完璧でかつ豪華な出来映えになっている。 […]